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職員コラム「春愁の夜」

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職員コラム 

2025年4月18日

春という季節には、どうにも眠りを妨げる何かがあるらしい。肌にまとわりつく空気、どこか湿り気を含んだ風、昼間とは違う静けさ。そうしたものが、ふとした拍子に意識を冴えさせる。布団の中でまどろむこともできず、私は仕方なく外へ出た。

 

青梅線の最終電車が遠ざかり、踏切の音が消えた後には、しんとした夜だけが広がっている。街灯の光が駅前通りを幽かに照らし、薄闇の中に自販機の明かりだけがぽつんと浮かぶ。生憎の曇りで月明かりはない。私はその中をあてもなくふらふらと歩いていた。

 

ある街角でふと立ち止まる。小さな商店の前に古びた街灯があり、その灯りが地面にぼんやりと輪を作っていた。その中に、いくつかの白い花びらが落ちているのが見える。車に轢かれ人に踏まれ、まったく原型はなくなっていたが、花びらは私を惹きつけた。

 

桜だろうか? それとも別の何かだろうか。私はただその光の中に浮かぶ花びらをじっと眺めた。眺めていると、なぜか胸の奥にひどく懐かしい感覚が湧き起こる。それは決して明確な記憶ではなかった。どこかで見た風景、あるいはかつて感じた空気の感触。そんなものが入り混じったような、曖昧なものだった。しかし、その曖昧さがかえって私を捉えて離さなかった。

 

一体いつからだろうか、私は桜というものが好きになった。白とも桃色とも表現できない曖昧な色をした、先の割れている独特な格好をした花びらも、風に吹かれるとためらいもなく散るその潔さも、それからあの少し甘みのある香りも。学生時代に花見をよくしたからだろうか、花に特別興味がない私でも桜にだけは妙な思い入れがある。今では花見をすることもなくなってしまったが、だからこそ桜に思い入れがあるのかもしれない。先ほど感じた曖昧な感覚はこれが原因だろうか。

 

私はしばらくその場に立ち尽くしていた。夜の空気は冷たく、静かだった。遠く聞こえる犬の鳴き声がすぐ闇に溶ける。私は最後にもう一度、街灯の下の花びらを見つめ、歩きだした。

 

眠れない夜は厄介だが、こうして歩いていると、それも悪くないと思えてくる。眠れないせいで少しばかり神経が過敏になっているが、それがいいように作用しているのだろう。変に得意になった私は静かな街をもう少し歩いてみることにした。

(職員K)

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