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三平和男コラム「捨てられない思い出」
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2026年10月1日
私たち夫婦が今のマンションに住み始めて、早いもので30年が経つ。結婚と同時に入居した当時は、周辺も今ほど賑やかではなかった。最寄りの練馬駅も西武線だけでなく大江戸線や有楽町線、副都心線も乗り入れるようになり、飲食店やマンションが立ち並び、人通りもずいぶんと増えた。
わが家の暮らしもこの30年で大きく変化した。子どもたちが生まれ、成長し、それぞれの進路へ進み、まだまだ親離れ・子離れができているとは言えないが、少しずつ夫婦二人の老後の生活をイメージするようになってきた。とはいえ、狭いマンションだが、家の中には子どもたちが小さかった頃の品々がほとんどそのまま残っている。
今回、都内で一人暮らしをしていた次女が実家へ戻ってくることになり、荷物を収納するために部屋の片付けをすることになった。すると、出てくるわ出てくるわ、長年手つかずでいた品々。使わなくなった家具や雑貨はもちろんだが、子どもたちの教科書、ノート、絵、工作、作文や感想文など、思い出の品が山のように保管されていることを知った。
改めて見回してみると、驚くほど多くの物を持ち続けていることに気づかされた。いつか使うかもしれない、もったいない、思い出があるから、といった理由で残してきた物ばかりだ。その中でも特に処分できないのが子どもたちの作品だ。
「子どもの物は捨てられないのよ」と妻は言う。確かに、一枚の絵や一つの工作にも、その時々の成長の姿が刻まれている。拙い字で書かれた感想文や、色鉛筆で一生懸命描いた絵を見ていると、その頃の出来事や家族の会話が次々と思い出される。
妻によると、これらは将来のための宝物なのだそうだ。時間に余裕ができた老後に、ゆっくりと箱を開けて思い出に浸る。その時間を楽しみにしているのだそうだ。片付けをしながら「本当に必要な物」と「思い出として残したい物」を考える機会になったが、結局のところ、子どもの成長の足跡だけは簡単には捨てられそうにない。
街も家族も少しずつ姿を変えていくが、思い出の品々は、これからもわが家の大切な歴史として残り続けるのだろう。
今月もどうぞ、よろしくお願いいたします。